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「心の本質」にせまる 『ブッダの実践心理学』 その5
③心の中身(心所)の章〈二〉
(『ブッダの実践心理学アビダンマ講義シリーズ第三巻「心所(心の中身)の分析」』について)

ブッダの実践心理学アビダンマ講義シリーズ第三巻「心所(心の中身)の分析」
アルボムッレ・スマナサーラ/藤本晃[著](サンガ、2007 年)
心の性質を別の角度から見ると、水に溶ける砂糖や塩のように、嫉妬とかケチとか眠気とか後悔とか、
意欲とか慈しみとか、心にある感情・性質という観点から、心の中身は大きく52種類に分けられます。
暗いとか落ち着きがないなどという性格も、好きだ嫌いだなどという感情も、みんなこの、心に溶けている性質によります。
この性質がまた、心が1回生滅する刹那ごとにコロコロ変わるのです。
52の性質をそれぞれグループに分けることもできます。
「欲に属するグループと怒りに属するグループは一つの心に決して一緒には溶けない」とか
「心が生じる限り、触、受などの7つの性質のグループだけはいつも一緒に溶けている」などと、
グループごとの組み合わせも説明されます。心のこういう分析には、性格心理学のような一面があります。
④心の生滅の章〈三・四〉
(『ブッダの実践心理学アビダンマ講義シリーズ第四巻「心の生滅の分析」』について)

ブッダの実践心理学アビダンマ講義シリーズ
第四巻「心の生滅の分析」
アルボムッレ・スマナサーラ/藤本晃[著](サンガ、2008 年)
心とその中身(心所)を分析した後でいよいよ、心が刹那に生滅するその仕組みを説きます。
このとき、物質の方が多少鈍いというか留まりやすいながらも、物質も心と同様、刹那に生滅することが自然に知られるようになっています。
つまり、物質エネルギーが1つ生まれて滅する間に心が17回生まれて滅するその繰り返しの中で、心がどのように外の物質世界と心自身を認識するかということを、コマ送りのフィルムを見るように説明しているのです。ブッダが物質と心をこのように観察できたからこそ、物質エネルギーや心のはたらきを完全に知ることができたのです。その仕組みを説明するこの『アビダンマッタサンガハ』〈二〉章の内容は、西洋でも東洋でも他の学問には考えもつかないものでしょう。
『アビダンマッタサンガハ』〈三〉章で、まず生滅の解説に必要な理屈と専門用語を説明します。
理屈とは、「認識とは心が対象に触れて感受すること」です。
触れて感受して初めて認識が成り立つのですから、認識とは、触れる前にはなかった、触れた後にはすでにない、触れる瞬間のはたらきだということも、おのずと知られるのです。何かが変わらずずーっと存在し続けているように感じられるなら、その何かをずーっと認識し続けているということです。でも、本当に「変わらずずーっと」でしょうか。じつは対象も認識も、一瞬ごとにまったく違うものなのではないでしょうか。
生滅の専門用語は、心の認識の種類に関するものです。
物質1回の生滅の間に心は17回も生滅するほど素早いのですが、だからといって、いつも目覚めてしっかり認識しているわけではありません。
まず何も認識せず寝たまま滅してしまう有分心。それから対象に触れたので寝ぼけたまま認識しようかなあと思ったら、もう滅してしまう有分動揺心などと説明して、やがて、はっきり一瞬だけ認識してすぐまた滅する速行心が何回か生滅し、最後はまた有分心で、1回分の「認識」の過程が終わります、と説明します。
生まれ変わるときも同じ要領です。一回十七刹那ごとの認識の過程の最後の有分心が、死ぬときは死心という別名になり、直後に始まる次の過程の最初の有分心が結生心と、これも別名になるだけです。本当は一瞬ごとに死んでは生まれ変わっているのにいわゆる「死」だけ大騒ぎになるのは、一生涯分の精算の意味が加わるからで、仏教から見れば当たり前の、日常茶飯事ということになります。
『アビダンマッタサンガハ』〈四〉章で、実際の認識を解説します。
日常世界で一番ぼんやりしている認識から一番目覚めている認識まで、次いで禅定に入るとき、入っているときの認識、それから悟るときの認識、と、②心の章で分析したそれぞれの心を全部解説します。
刹那ごとに生滅を繰り返す心の認識の過程を明らかにすることによって、輪廻の仕組みもおのずから明らかになります。
文頭の①や②は、『ブッダの実践心理学』シリーズの巻数を示しています。章名の後の〈一〉や〈二〉が『アビダンマッタサンガハ』の章番号です。
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